男女の関係というのはとにかく山ほど問題があります。
男女平等なんて言葉は、久しく叫ばれていますし、現在は、「めざせ、男女共同参画社会」なのだそうです。大学の教え子で、サラリーウーマンになった女性の人に話を聞きますと、この「男女平等」、なかなか難しいようです。
小学校から大学までは 、男子と女子とは平等でありますが、やっぱり、社会に 出ると、女性のほうが不利なのですね。これで非常に悩む人がいるのです。悔し涙に暮れる人までいる。
例えば会社の電話に出ると、「女じゃ駄目だから、男を出せ!」と言われてしまう。内心、「このやろう!」と思うのでしょうが、そこは仕事です。これも仕事だからと思って、じっと我慢するっていうような女性が結構いるわけです。
しかし皆さん、それはしょう がないのです。
いまから、なぜしょう がないのか、その話をしたいと思いますが、その前に、女性が得をしている、という話をしておきましょう。
まずは、次ページのグラフを見てください。

これは、1950年から2000年ごろまでの、がんになる比率をグラフにしたものです。
この太いラインが男性で、点線が女性なのです。どうです?
「あっ、わたし、がんにならなくてよかったわ」と、女性ならば思うはずです。一方、男性は、「何でおれは、女性の倍の確率でがんになるんだ?」と憤るのではないでしょうか。男女平等というなら、がんになる比率だって同じにしてほしいと男性諸氏は思うわけです。
職場では、男女差で悔し涙に暮れることがあるかもしれません。実際、ダボス会議を主宰する世界経済フォーラム(WEF)が発表した2012年の「世界ジェンダーギャップ指数(男女平等指数)」によると、日本は101位でした。なぜ、日本の順位がこんなに低いかというと、これはヨーロッパ流で「利己的正義が成立するかつまり本当に 男女平等になっているかではなく、見かけ上、男女平等と強弁
できるかという指標だからです(ちなみに1位は 、アイスランド。アジアトップはフィリピンの8位。アメリカは22位、中国は69位でした)。
でも、人生というスパンで見たら 、男が得か、というとそうでもない、ということです。 だから愚痴を言う教え子(女子)には、「いいじゃないか、男は大勢がんで死ぬけど、女性は、がんになる確率は低いのだから」と言っています。
実は日本社会においては、紀元のゼロ年ぐらいから1000年ぐらいまで、ずっと「女性の時代」でした。日本の歴史上で最初に 登場する「王様」は、邪馬台国の卑弥呼です。そのあと、政権は大和朝廷に移りますが、ここでも「女性天皇」が結構な数、登場します。
さまざまな説がありますので一概には言えませんが、第26代の継体天皇以降は、確実に実在したと言われています。そして第33代で、女性で初めての天皇が誕生します。それが推古天皇です。聖徳太子が活躍したと言われる、あの時代ですね。
そこからは、だいたい、男女交替で天皇位につきます。女性天皇だけ列挙すると、推古天皇(第33代)、皇極天皇(第35代)、斉明天皇(第37代、皇極天皇の重酢(ちょうそ) )、持統天皇(第41代)、元明天皇(第43代)、元正天皇(第44代)、孝謙天皇(46代)、称徳天皇(第48代、孝謙天皇の重詐)、といった具合です。過去に8人(10代)の女性天皇が存在していますが、その内の6人は 、6世紀末から8世紀末(奈良時代)に集中しています。この時代は、比較的大きな戦争のなかった平和な時代、と言えるかもしれません。
900年代に入ると、関東での平将門の乱や瀬戸内海での藤原純友の乱を皮切りに、戦争の時代へと突入していきます。関ヶ 原の合戦を経て、江戸時代になって安定するまでは、戦争に明け暮れていた時代と言えるでしょう。男性が支配的な時代でした。残り2人の女性天皇(明正天皇、後桜町天皇)は、江戸時代に即位した天皇ですから、言い方を換えると、戦乱の時代は、女性が天皇にならなかったということです。
幕末、明治維新にかけて、男性の支配がさらに 強まり、1945年まで突き進みます。で、ようやくいまという時代になるわけですが、やはり、日本では女性のほうが「上」にあるように思います。戦後六十数年を経て、女性が強い時代になりつつあるということです。
よく考えれば 、そのほうが日本では当たり前なのです。卑弥呼しかり。日本でいちばん上の
神様、天照大神(あまてらすおおみかみ)は女性です。女性が会社の中で上かとか下かという 議論は、非常にくだらないものなのです 。実際、女性の政治家も増えていますし、知事や政令指定都市の市長にも女性がなるようになりました。
日本の会社の中での女性の待遇も、年々変わっておりますが、やがて、違う世界になるでしょう。でも、その時代に生まれた人はその時代を生きるしかないんですね。

『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より